行動経済学が何かにつけて話題になることが多い。ここでもその応用の可能性を論じてみたい。
経済行動学のヒューリスティックス論は、ある意味では犯人像の特定時に起こりうるのではないか。
例えば、利用可能性のバイアスというがある。第一想起率みたいなもので即断してしまうものだ。すぐ思いつくケースを過大評価してしまう。
自分の長生きした祖父がタバコを常習していたのに癌にはならずに100歳まで生きた。
これは依田高典の「行動経済学」で例示されている想起しやすバイアスの例だ。*1
このバイアスは過ちを招きがちとされる。身近な代表例をあげるのは人の常世の常だろう。
犯罪捜査の専門家だとて例外ではあるまい。
例えば、犯人像を過去自分が逮捕した前科持ちのプロファイルに当てはめて、判断を謬るような場合だ。
代表性ヒューリスティックスとは、典型的な具体像にこだわりやすい傾向を指す。
リンダ問題がある。リンダという女性の特徴(独身、話好きで社交家、性差別への問題提起や政治意識高い)が与えれ、その女性は、現在どの職業についている可能性があるかと問われる。
1)フェミニスト運動家
2)銀行窓口係
3)フェミニスト運動家で銀行窓口
すると、多くの人は3)と答えるという。
実は、1)か2)のほうがまだ可能性が高いのだ。
では、犯罪捜査ではどうか?
バイクでのひったくり犯の容疑者がいる。大阪の街中で平日の白昼の犯行だ。
容疑者のプロファイルが3通りある。
1)前科ありの新聞配達
2)前科なしのスーパー店員
3)前科なしの無免許運転の無職男性
どの犯人である可能性が高いか?
その中で1)が可能性が高いと感じるのではないか。バイクに乗りがちな職業で前科もあるのであれば、そこから捜査するかもしれない。
だが、数の多さからすると大都会では2)の方が圧倒的に多いだろう。
これもバイアスとなっているわけだ。
このように思い込みを引き起こすという意味では、カーネマン&トヴァツキーの3つのヒューリスティックスは、かなり汎用性があり、犯罪識別においても適用できそうだ。

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余談ですが、依田高典よりは友野典男の新書のほうが取っつきやすい気がする。
*1:この事例はよろしくないのではないか。祖父は自分と遺伝子を共有しているからだ(癌を起こしやすいガン遺伝子がある)。また、自分の住環境・食環境も祖父と似ている可能性があるためだ。祖父はある意味、自分のガン羅病可能性のいい参照例になりうるのかもしれない