見過ごされがちな事実への目配りということで、古典期ギリシアの哲学学派であるエレア学派について、褒め褒め賛嘆をしておこう。
何を今更と眉をひそめる向きもあるだろう。エレア学派の重要性は知る人ぞ知るのだから。だけれども、現代日本の片すみにそんなヒマなブログがあるのは、ちょっと息抜きになるではないか。
なぜ、エレア学派か。
そのハナシの前に思い出話をひとつ。うら若き自分にはエレアのゼノンがいっとき心の英雄であった。
それは単純な理由による。ある逸話に撃たれたからだ。
ディオゲネス・ラエルティオスの「哲学者列伝」によれば、エレアのゼノンは独裁者に対して謀反(民主制の回復)をくわだて、密告にあって捕らえられる。拷問により仲間を売ることを強制される。
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ゼノンは独裁者にそばに来るよう言う。白状するので耳を貸せ、と。独裁者がそうした途端に、ゼノンは耳に噛み付き殺されるまで離さなかった、と。
ニーチェはディオゲネス・ラエルティオスの逸話一つでその哲学者のすべてを語れると豪語したが、この場合は真実だったようだ。
パルメニデスの高弟であり、師の理論を天才的な逆説により強化したゼノンは民主制の闘士でもあったわけだ。
ゼノンの逆説はアリストテレスの『自然学』『形而上学』を通じて後世に伝えられる。西洋の諸科学における論理的思考の醸成に大いに貢献したであろう。事物をロジカルに突き詰めて考える姿勢は他の文化的伝統に見られない。中国やインドにも論理を首題とする学派はあったが、ここまで犀利でわかりやすく矛盾を巧みに捉えた議論はない。また、その議論がより奥の深い「世界の現象性」あるいは目に見える世界の否定につながる点でも超一級の思考である。
それは西洋哲学や論理学の発展に貢献し、現在でもホットなテーマである。例えば、バートランド・ラッセルの『外部世界はいかにして知られうるか』 でも扱われている。ベルクソンの主著『創造的進化』においても出てくる。
シノペのディオゲネスの例はあるにせよ、古代世界においても彼は尊敬されていた。
プラトンの対話篇「パルメニデス」でゼノンの姿は高邁な精神に相応しい描写をされている。
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他の分野にも影響が及んでいる。
ハンガリー人サボー(科学史家)がエレア学派の特異性を指摘いた。エウクレイデス(ユークリッド)の幾何学原本に数論に関する証明システムの根本には、エレア学派のロジックが隠されているとしたのだ。
この指摘は波紋を呼び、どうであろうほぼ定説化しているんじゃなかろうか?
古典期ギリシアには数学の歴史を遡ろうとする者は稀少で、その著書はほとんど残らなかった。サボーはわずかな断片からエレア学派の貢献を再現した。その手際は見事だった。
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