鉄道の国ニッポン

 敬愛するアメリカのSF作家のラファティの好編に『田園の女王』という交通システムへのオマージュがある。
 アメリカ人の老人が「クルマか電車か」という投資の分岐に迷った青年期を懐古する。そして、車社会の未来に投資したが失敗だったと語りながら、チンチン電車であふれた緑のアメリカを礼賛するという、もう一つの未来ものである。

 クルマだけの未来は「でっかい腫瘍みたいな都市と、ブヨブヨの郊外と、カサカサの田舎」を招くと登場人物が語るのだが、それはある意味、当たっているのではないか?
 締めくくりがいい。

この国全体がチンチン電車のスパークのように輝かしく、レールのように真っ直ぐだった

 アメリカは19世紀までは鉄道大国であった。しかし、自動車産業との競争に負けて鉄道は大半が廃線となってゆく。ラファティのフィクションとは異なる経過をとった。今や、その自動車産業も凋落ぶりが惨めなほどだ。

 片や日本はどうか?
 自動車産業が日本で気を吐く数少ない業種になったので、あまり悪く言いたくはないし、自分もクルマのユーザでもあるので電車だけの社会がベストと言い切るつもりは毛頭ない。だけども、鉄道システムを中心にすえない一国輸送システムには未来がないだろうと思う。
 脱カーボン性然り、エネルギー効率しかり、利便性然り、コミュニティしかり、なのだ。
 残念ながらアメリカはクルマだけの社会となり、ラファティが夢想した輝かしい田園にはならなかった。現実のどの国もそうした田園と調和するような交通システムを実現したところはない。社会学の名著パットナム『孤独なボウリング』というアメリカコミュニィの衰退も関係するであろう。
 日本も例外ではない。
例外ではないけれど、けっこうイイ線な感じなのが日本なんじゃないかな。
 新幹線システムは、多分、質量ともに世界一だろう。TGVなんぼのもんじゃだ。
 どの鉄道路線も実践する「定刻発車」はアウンの呼吸で時刻表を順守する職人芸である。自動改札システムや電子マネーとの連動は相互乗り入れが進み、利用者にとって便利この上ない。
駅弁文化や自動販売機は、それぞれに奥行きが深い。
 自動販売機も人間識別システムや大型液晶パネルを備え、アンパンマンキャラで語りかけてくる。
 これはもう立派な「文化」だ!自動洗浄トイレと並ぶのではないか?

 ゲーム世界で「A列車で行こう」のような鉄道路線運営ゲームがあった。実のところ、鉄道主体に日本の町は出来上がった経緯がある。
 西の阪神阪急、中部の名鉄、関東の西武と東急など私鉄沿線の長大なベッドタウンの発展モデルは他国に類を見ないものだろう。駅を核にして発展した街づくりは日本で完成したといえる。
 それ故に、駅前商店街の風景というのも物珍しいものであろう。
 駅は運輸システムのスモールハブになっているのだ。
アメリカでは空港が運輸システムのハブになる。もはや、石油くい虫のエアラインを中心にする運輸システムは21世紀の主役ではないだろう。
 駅前のペデストリアンデッキの発達も日本固有の発展を遂げた。都市景観の一つとして街並みにとけ込んでいるといっても良いだろう。千葉県柏駅のものが1973年で日本発。そして仙台駅のものが日本最大である。仙台のペデストリアンデッキは、文化人などの評価が高い。
 
 今年、日立がイギリスの鉄道車両の大物受注に成功した。鉄道の発祥の地も一目置く鉄道技術を日本は創りあげてきているのだ。鉄道の駅をハブとし電車を「田園の女王」と呼ぶような世界こそが21世紀型の運輸システムだとするならば、日本はそれに貢献する一番のポジションにいる。

図解・TGV vs.新幹線―日仏高速鉄道を徹底比較 (ブルーバックス)

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定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか? (新潮文庫)

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自動販売機の文化史 (集英社新書)

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週刊 東洋経済 増刊 鉄道完全解明2011 2011年 7/8号 [雑誌]

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孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生

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最後に「鉄」学の権威の原武史の著作

「鉄学」概論―車窓から眺める日本近現代史 (新潮文庫)

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鉄道ひとつばなし (講談社現代新書)

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