ダンテの『神曲』には多数の宝石のような詩句が煌めいている。
その詩的想像力はユリシーズ(オデュッセウス)のあるべく末路まで生み出している。ギリシア神話が伝えることのなかった英雄の末期を、だ。
ダンテの想念の物語によればユリシーズはヘラクレスの柱を超えて、南半球のはてを目指す。彼は未知の大陸を見出す。テラ・インコグニタを目前にして神罰を受けて船とともに海の藻屑となる。
その世界観の根底には、解読不能な神がいる。これは『ヨブ記』に現れた重要な神観念だろう。
その解読不能性を伝える、もうひとつの近代文学はメルヴィルの『モービーディック』だろう。エイハブ船長の行き着く末路とユリシーズの最期は、知性の悲劇という点で共通している。
科学技術文明はその行き着く果てで知性の悲劇というべき事態に直面することだろうとは、極東の理系(自分)のきわめて散文的な解釈だ。
ダンテの神曲では不可解な神を懸命に追跡する。それを導くのは詩人のバージル(ウェルギリウス)であり、初恋の人にして、スレ違いのヒトであるベアトリーチェだった。
そのような追求こそが悲劇をくぐり抜ける叡智をもたらすと信じていた。
いずれにせよ、神秘的な世界には畏怖すべき掟が満ち満ちている。そうした想像力で構想された強烈な世界、そういうものを現代人は閑却しているようだ。
つまりは、宇宙や自然の本性をないがしろにしているのだ。経済危機や温暖化対策、原発問題も結構、それは重要なことどもだろうけれど、それだけでクローズしてしまっては、精神的に縮退してしまうのではないだろうか。
絶対不可知の神は数学的無限と等しい。
- 作者: ダンテ,平川祐弘
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/11/20
- メディア: 文庫
- 購入: 7人 クリック: 57回
- この商品を含むブログ (59件) を見る