数と図形、それに論理と集合を探求するための書籍が数学書だと思いこんでいる諸氏向け書誌。
数少ない数学者の自伝から始めよう。
言葉が少ない理系の人間で、しかも高名な学者の自伝は少ないのは当たり前かもしれない。まして数学者のそれは希少価値がある。たぶん十指に満たないだろう。
古いところでルネサンス期の数学者の自伝だ。カルダーノは三次方程式の解に関わる人物だが、癖のある性格と波瀾に富んだ生涯を書き残す。
その『わが人生の書』では敵との中傷合戦や訴訟、賭博とサイコロ、貧乏生活と結婚、超自然体験や犯罪などがかなり赤裸々に記録されている。定職がなく頭脳と口先三寸で生活していたのが人物だ。
近代の職業数学者の自伝の白眉は、G.H.ハーディの『一数学者の弁明』だが、ラマヌジャンとの出会いというひどくロマンチックな出来事と並んで晩年の研究生活の愚痴がでているのがユニークだ。
東西数学者の比較で、日本のフィールズ賞受賞者の自伝=小平邦彦の『怠け数学者の記』を参考にしていただければいいだろう。ひたすらに真面目だ。
数学者の伝記は山ほどある。なのでそれら有名人の伝記は扱わない。ここは保阪正康による市井の「数学者」の生涯を描いたノンフィクションを凡人伝記としてあげておこう。
『数学に魅せられた明治人の生涯』がそれである。フェルマーの大定理に挑んだ明治人の中学教師というのは脱帽こそすれ、ただの凡人として軽視されるべきではなかろう。
数学の正常な探求から軌道が外れてしまった書誌もここで紹介しておく。
数秘術というのはまんざら無視できない「数の神秘主義」だ。
ジョン・キング『数秘術』がその典型だろうか。西洋流の数秘術には新鮮味がない場合には中国の数秘術もしっかり翻訳されている。
中国人の葉と田による『中国神秘数字』はまさしく奇著というべきだ。六千年におよぶ中国文明に内在する数秘思考が明らかにされているのだ。「一」の章は必読であろう。
数学パズル系の数秘術ではマーティン・ガードナーの『メイトリックス博士』シリーズを対比させよう。
あそびの数理は数学パズル以外にも幾多の変種を生み出した。
アボットの『フラットランド』は二次元世界の知性体を真面目に考察したファンタジーだし、坂根巌夫の『遊びの博物誌』はサイエンスとアートのクロスオーバーが楽しい。
画伯である安野光雄の『算私語録』もビジュアルと数字を結びつけた絵本であった。
絵本系のパズルという点で『マッチパズル』も死語と成り果てた「マッチ」によるパズルブックだが、誰も思い出そうとしないジャンルになったようだ。
秋山清の『神の図形』となると異端数学に落ち込んでいると指摘されてもしょうがないかもしれない。黄金比と大和比で和風デザインを語る試みは好事家にはウケるだろう。この「なんとか比」というのは建築家やデザイナーのインスピレーションを唆るらしい。
鈴木真治の『巨大数』は簡潔にして要を得た快著であるとの評判だ。ひたすらに巨大な数の歴史を説明してくれる。アルキメデスからコンウェイまで数学界の綺羅星が出てくる様は壮観である。
ジョン・パウロスの『数学とユーモア』となると古すぎ感がある。それでもなお、ユーモアなる心理現象をカタストロフィ理論で解明しようという勇気には驚く。パウロスはれっきとした数学者だ。
もっと高名な数学者のジャック・アダマールは素数定理を証明した実力者だが、『発明の心理』を遺している。自分のaha体験をベースに発見と創造の心理を探っているのが数学者というのがいい。
教育的な配慮で言えば、『数学名言集』は比肩すべき書物がないだけに評価しようもない。スゴイのかもしれないし、誰も見向きもしないかもしれない。その両サイドのどちらに転んでも可笑しくない著作だ。ロシア人が編者なので名言のセレクトに偏りもある。大竹出版には敬意を払うとしよう。
結び目は数学の中でも応用的であり、実用的でもある。
『ネクタイの数学』は文庫版ながら数学をオシャレに使いこなす新機軸を打ち出した。85通りの理論的な結び方の存在を示し、そのうち13種が推奨されている。
他方、中公新書の『結び目の謎』は文化と犯罪捜査がテーマではあるが、数理的な視点もややあるので読む価値がある。
「おりがみ数学」は傾向が似ているが、もう正統的な数学になっているのでパスしたい。
おまけではあるが、グレゴリー・ベアの『愛と成功の確率』は統計データに基づく興味本位の確率計算ということで読ませることは読ませる。
古典哲学に現代的な集合論と記号論理を当てはめてゆく、今野健の『スピノザ哲学考究』は時代とは外れた地点で思考の足場を築こうする稀有の試みに相違ない。何れにせよ快著であろう。
【参考文献】
- 作者: G.カルダーノ,青木靖三,榎本恵美子
- 出版社/メーカー: 社会思想社
- 発売日: 1989/10
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- 作者: G.H.ハーディ,柳生孝昭
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1975
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- 作者: 小平邦彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/08/17
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- 作者: ジョン・A.パウロス,橋本英典
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ポアンカレの科学啓発書四部作も挙げておくべきかもしれない。次回のネタにしよう。