ドイツの作家ジャン・パウルの怪作に『陽気なヴッツ先生』というのがある。岩波文庫に入っているので、古典である。
だけれども、主人公は限りなく怪しい先生なのだ。
ラヴァーターの例の『人相学的断片』が出るやいなや、ヴッツはこの創造力ゆたかな脳味噌にあまり後れをとらないようにと、下書用紙を四つ折り判に破り、三週間というもの安楽椅子から一歩も離れず、おのれの脳味噌をふりしぼりつづけて、 ついにその人相学の胎児を生みおとし→――彼はこの胎児を書架の上に寝かせてやった――)、このスイスの著作家のひそみにならうことができたのだった。
本を買わず、読みたい本があれば、その題名を拝借して自分で勝手に書き上げるのだ。
こうして彼の書架には、シュトルムの『自然と摂理の国における神のみわざに関する諸考察』とシラーの『群盗』とカントの『純粋理性批判』などのヴッツ版ではなく、ヴッツ作品が並ぶのだ。
『ルソーの告白』や探検家の旅行記も例外になることはない。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』は五週間もすると彼の蔵書になっていた。
贋作をつくって金儲けするというのではなく、純然たる読書のための行為である。
くしゃみをすれば「お大事に、ヴッツ!」という、起きる前には朝食がその後には昼食が、そしてお八つと夕食が彼の日々の愉しみだった。見上げた小市民魂だ!
ジャン・パウルの描く人物の基本はここにあるだろう。実は天才数学者ガウスがパウルの大ファンであったことが分かっている。そして、バイロン、ゲーテやシラーやナポレオンという連中がこの二人にとっては、虫の好かない人間であったのも共通だ。彼らを冒涜的で非道徳的な怪物と考えていた節がある。シラーの本には「このメフィストめ!」と落書きされていたそうだ。
そのパウルがゲーテを揶揄したのが代表作『巨人』だ。
そして、マーラーの交響曲第1番 『巨人』をつうじて、われわれ、現代人にゲーテ大嫌い信号を送りつけているのだ。
- 作者: ジャンパウル,Jean Paul,岩田行一
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1991/03/18
- メディア: 文庫
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