天空の円周率

 『天空のパイ』などとシャレたタイトルの自然科学書がございました。円周率πは実在するものなのか、はてまた虚構なのか。自然界にあるのか、ヒトの観念のなかにのみあるのか。はたしてどこに円周率はあるのでしょうか?
それは「ある」とか「ない」とか論じるられるものでしょうか?

 円周率はどこまで有効なものなのか?何桁の小数点まで自然界で意味があるのか?
 ここではそう問うことから開始しましょう。
ずいぶんと実用主義的な問いです。
 実用主義ならば測定で円周率をはかるという行き方があります。
円の直径と外周をはかり円周率を計算してやることができるのであります。もちろん定義より答えは明らかです。
 ここに早速、問題が発生してしまいます。
 ものさしでの計測から円周率を出してもせいぜい小数点2桁くらいまで、あるいはレーザー光をつかった最新の超精密測定でも小数点9桁くらいまでしかはじき出せないのです。でも、円周率は何十億桁まで計算されてます。
そこらのパソコンですら100桁を一瞬でうちだします。
3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944592307816406286208998628034825342117068

 10桁より先の小数点っていったい、どこに存在するのでしょうか?いくら頑張って精密測定したって原子より小さくは測れません。でも誰が計算しても延々と同じ値の小数をくり出せるのはなぜでしょう?

 「いや別な計測方法があるじゃないか」と「ビュフォンの針」を教えていただきました。
 平行な線を描いた平面の上に一定の長さの針を落とせば、その極限には「円周率」が現れることが証明されてます。実際に何人かの探求者がこの方法で実験し円周率に近い値を出しています。あなたも出来ます。
 しかし、ものさしによる計測と同じように到底小数点10桁以上の精度を出せるとは考えられません(マーチン・ガードナーのEssay参照)
ちょうどケインズの『確率論』に引用された実験ケースがあります。このあたりが限界なのでしょうねえ。*1

  ボルフ(1849-1853) 試行回数=5000 値=3.1596
  スミス(1855)    試行回数=3204 値=3.1412〜3.155

 人手でできないなら、コンピュータにやらせればいいじゃないかという人もいます。でも、乱数が擬似的な方法でしか作成できないのです。それに、コンピュータの論理設計やアルゴリズムに円周率が使われていたら、自家撞着になります。

 ある精度から先のミクロなリアルワールドは何億桁などという円周率の精度など無視しているように感じます。
 数学は自然を記述するのに途方もなく役立つのですが、途方もなさすぎて無意味な数学的真理がやまほど存在しているようです。
 その一例ですが、ミルズの定理などはどうでしょう。

 すべての整数nに対してA^(3^n)が素数となるAが無数に存在する

 この定理が自然界に相応する法則や事象があるとは思えません。

 円周率はともかく、ピタゴラスの定理はどうかと指摘する人もいるでしょう。3,4,5の長さの比の三角形は直角三角形ではないのか?
 直角三角形と辺の長さには同値な関係の存在が、ユークリッド空間では必然だと言ってるに過ぎません。直角も三辺の長さも測定誤差からはまぬかれることが出来ません。小数点10桁より先では成立しているかどうか分からないという意味では円周率と同様です。
 イデア界の事象が不完全な地上に投映されただけだというプラトン主義者の考えにも肯けます。ところが、素粒子論では対称性の破れが法則として確立されているそうです。せっかくの完全性を自然は捨て去っているようです。
 いくら問いを重ね、事実を集めても本当の事情は誰にも分からないままでしょうね。

天空のパイ―計算・思考・存在

天空のパイ―計算・思考・存在

*1:イタリアの数学者のラザリーニのケースはインチキというウワサがあります。