中谷宇吉郎の地下文明論

 雪の博士として知られる中谷宇吉郎に『地下の文明』という随筆がある。師匠の寺田寅彦の随筆の『天災と国防』を受けて、戦後に書かれた。

 空襲という大きな戦争体験は、寺田の先見性を裏付けたと中谷宇吉郎は言う。
 実際、太平洋戦争後期は日本中が穴居生活に落ち込んだのだ。防空壕だけではない。太平洋戦争の歴史を読めばわかるが、軍需工場を主に急造成の地下工場があちこちに生まれたが、その生産性は著しく低下したという。帝都東京の地下に巨大なシェルターが眠っているというような都市伝説が生まれもした。

 地中生活についても中谷は想像をめぐらし、その快適性は問題ないと説く。もちろん防水工事や通気性の確保、それに巨大な掘削には大がかりで費用が必要であるが、地震に対する安全性という点では、なみの建築物より安全であるという。たしかに地震波は地下にゆくほど揺れ幅が減少するのである。
 耐震基準を満たす高層ビルとても震度7超が来襲すれば、誰にも住民の安全保障はできないのではないか。
 天災、とくに地震被害を最小限にとどめるために、寺田寅彦中谷宇吉郎の師弟が歩調をあわせて、日本の前途を示したのが、『天災と国防』と『地下の文明』であったといえる。
 
 もう一つ、重要な利点を地下の文明化はもっていそうだ。
 節電・省エネ・省資源である。
 地下空間の温度は一年を通じてほぼ一定である。10mほどもぐれば、20度前後で保たれる。そのため温度調整にかけるエネルギーは大きく削減できる。照明と換気が必須となるが、それは大型のビルも同じだ。また、高層ビルと比較すると構造強度を保持するための補強材は、これもかなり減らせる。
 スカイスクレイパーのような天に起立するような人工物は、もはや自然と調和した環境には合わないではあるまいか? 時代が求めていないのではあるまいか?
 「高み」がある種の力と富のイコンであるのは古今東西の共通性だったが、世界の都市が競って建てる超高層建造物は、エネルギー消費の象徴であるのかもしれない。
 地下文明化には、中谷宇吉郎が指摘するように防水性を注意深く保ねばならないが、地下のほうが多くの面で安全・安定・エコな感じがある。地上は公園や緑地にもどし、自然護岸など余裕のある街づくりで河川氾濫をおさえることもできよう。

 寺田寅彦中谷宇吉郎の賢人の時空をこえた訓話をどう捉えるかは、各人に委ねるしかない。重要な建造物の地中化は、我らの重要な選択肢であるような気がしてならない。

 『天災と国防』には「天災は忘れた頃にやってくる」に相当する文章が含まれる。*1 それに加えて、戦災も忘れた頃にやってくるかもしれない。
 中谷宇吉郎がこの随筆を書いた1945年は、核戦争という悪夢が横行し始めた時期でもあったのだ。


注意:中谷宇吉郎の「地下の文明」は全集版でないと読めないです。

帝国陸軍幹部(永田鉄山)も注目した防衛的な地下都市論がここにあります。

中谷宇吉郎の人工雪の業績を紹介する映像 (なんとBBCのフィルム)

真面目な地下空間研究委員会
http://www.jsce-ousr.org/

*1:寺田寅彦はこの名言をどこにも書いていないそうだ