少々、興味深いグローバル・ヒストリーの事実として、数学学会がいつ開設されたかの比較をしよう。数学のような実利とは遠い、しかしながら、近代文明の不可欠な礎石として重要な学問に関して、西暦で何年に社会的に組織化したかということになる。
これを実現するにはビジョンが必要だ。列強に負けない近代国家となるには測量や暦も含めて、機械製作や軍事技術のために数学を是非とも習熟せねば、自分たちの富国強兵は成り立たないということを見抜く国民の力量が必要なのだ。*1
もちろん、こうした学会を開設できるためには十分な会員数と学的知識の共有促進の共通な問題意識が発達していなければならないのだ。
当時の先進諸国での開設年の比較をしてみよう。
1864年 モスクワ数学協会
1865年 ロンドン数学会
1872年 フランス数学会
1877年 東京数学会社
1880年 ドイツ数学者協会
1888年 ニューヨーク数学会
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1935年 中国数学学会
なんと、日本の数学者たちの組織化はドイツやアメリカよりも早いのだ。ロシアが一番だというのも目を引く。
日本はなにゆえに、これほど早期(維新後10年たらず)に数学者のコミュニティを建設しえたか?
西洋数学はそれほど急速に明治人に浸透しえたのか?
その謎は創設者の面々をみるとある程度解ける。
東京数学会社の総代 神田孝平, 柳楢悦であるが、神田孝平は蘭学者の出身、柳楢悦は「和算」をもとに洋算(西洋数学)を体得した人物である。
江戸期の知識基盤がこのような迅速な数学の体制化を可能にしたのであろう。自前の数学=和算を自国内で相当程度、普及させていたからこそ、数学教育と研究の人材を、維新後10年未満でそろえることができたのだ。これは日本の誇りとしていい事実と思う。
繰り返すが数学に精通したとしても金儲けには直結しない。
当時としては航海術、地図製作、工作技術といった富国強兵の基礎の基礎を学ぶという国造りの礎石となる、そんな高邁な理念を持っていた人びとが多くいたことが驚きなのだ。
現に大多数のアジアの民族、そのエリート層は独立後になにを追求するかというと、政治と軍事と商売に集中する傾向にあった。
東洋の文化度の高い国である中国と朝鮮はどうであったか。この両国は中国由来の数学の伝統を有していたのであるが、それがどう国民の数学への組織化につながっただろう。
中国の辛亥革命時にそんな動きがあったろうか? 辛亥革命は1911年であり、中国数学学会は1935年設立である。四半世紀ほどたってから生まれたわけである。かなり遅いという感じだ。
韓国では独立後1945年に設立された。日本に支配されていたので早い遅いはいえないだろう。
あるいは、トルコのケマル・アタチュルク傘下に数学探求の動きがあったろうか?
ましてや東南アジア諸国が独立直後に数学者組合を形成したろうか?
自分の知る限り「No」なのだ。
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