中国に対する立ち位置

 日本人の対中感情はあまり良くない。尖閣諸島問題とそれに対する中国人のデモ騒ぎが、どうも品位を欠くものだからだろう。宜なるかなである。
 昨年の高速車両の事故処理も顰蹙モノだった。せっかくの事故の教訓を臭いものに蓋をするを地で行く、事故車両の埋め立てを強行したこともあるが、日本からの新幹線技術供与をそのまま新興国に売り込む態度に大いに疑問を感じた矢先の出来事だったからだ。
 あれやこれや、述べ立てていけば、対中感情にプラスになるような事実はそう多くないことにはなろう。

 だがここでは、それ以前の2000年以上の長きに渡り大陸から供与された知識とか技術を振り返る。
そのことは意味が無いことではないだろうことは以下を読まれよ。

 どれをとってもよいが、紙、これは中国由来の技術であることは論をまたない。日本に伝来していなければ、我らがどの程度の文化レベルにあったかを省みておこう。
 単純化して言えば、南洋の島嶼の民族と同様な状態だったに違いない。江戸期の町人文化も室町の侘び寂びも源氏物語の物の哀れも、なんにもなくて万葉調で素朴な口承文化があるだけで、黒船を迎えていた可能性は高い。そうなると、ハワイ王国の命運と同じ道をたどっただろう。アメリカがどのようにそれを行ったかを参照されたい。

 ひっくるめて言えば、中国文明の提供した基盤、文化的インフラの上に、この島国の文化は生まれ開花したというのは、2000年的な時間視野からそれほど間違いはないであろう。
 なので、新幹線の技術云々は礼譲を踏まえて、中国にその大人の風格を損じるものと言うべきなのだろう。とにかく倭寇以降の日本は中国に非礼が多かったことも思い出しておこう。百歩譲って、秀吉の朝鮮討ち入りは元寇の帳消しだとしても、やはり隣国には不親切だったと概括できる。
 ここ200年弱では、日本は文明においてリードした。それも西洋の文化基盤を自家薬籠中にしたからだが、その変わり身の速さには、陽明学考証学という中国からの文化インパクトも関与したのだ。

 別に過去の経緯はどうでもいいと思う人もいようが、中国人の立場からすれば上記を理解しておくにしくはない。兎にも角にも、歴史意識は彼らは日本より一回り大きいのだ。あの『史記』を生んだのは、日本の縄文時代で我らのご先祖さまが狩猟生活に明け暮れてた時代なのだ。

 尖閣諸島の領有権は、どうも日本が早々と開国して、先進国ルールを身に着けて、国際法に対応したから、我が領土になったという側面がある。
 国際秩序は西洋が勝手に押し付けているというのが、維新や明治期の我らの意識だった。尊皇攘夷の感性では、国際法はあとから押し付けられた規則でしかない。力で秩序を押し付けたほうが勝つというのが近代の理法だ。覇道の論理だ。
 それには苦言を呈したいのだが、それが現実でもある。国際秩序を維持するためには、それに従うしかないだ。
 2000年的史観で言えば、日本は中国との関係がはるかに長かった。宋の頃には、世界の先進国であったんだし、大航海時代以降西洋に登用がオサレ気味になったというのが実情。

最後に結論めいた意見を
 礼譲を重んじる中国の伝統はまだまだ強いはずだ。明治期に清の近代化に力を貸そうとした多くの日本人、
宮崎滔天福沢諭吉などは、そうした歴史感覚を持っていただろう。孫文も日本に期待したのは儒教や東洋思想を共有していた国民だという理解からだ。王道を実現するというのが当時の日本と中国の有志の思いだった。
 日本が恩義に富んだ民族で礼儀を重んじることを示せば、資本主義でか共産主義だかのイデオロギーに関係なく、あの国にとは、なんとかやっていけるんじゃないだろうか。


 参考文献

ハワイ王国 (カメハメハからクヒオまで)

ハワイ王国 (カメハメハからクヒオまで)

中国文明の歴史〈6〉宋の新文化 (中公文庫)

中国文明の歴史〈6〉宋の新文化 (中公文庫)

日本文化史研究(上) (講談社学術文庫)

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