マーティン・ガードナーの「メイトリックス博士」

 20世紀後半の数学パズルの大家マーティン・ガードナーの余技である「メイトリックス博士」もの。自称数秘術の研究家というメイトリックスとの対話篇がサイエンティフィック・アメリカンの連載に含まれる。
 こんな調子だ。

 重要な日付は偶然ではない。原子力時代は1942年に始まった。エンリコ・フェルミとその同僚が最初の原子核連鎖反応に成功した年だ。フェルミ夫人による伝記『家庭における原子』(変なタイトル!)で、コンプトンがこのニュースを友人に電話で伝えた逸話がある。「イタリアの船乗りが新世界に着いた」
 1942の真ん中の数字をひっくり返すと1492になりコロンブスの新世界発見の年号になる

 冗談と本気と該博な饒舌さをアメリカン・テーストで味わえるシリーズというわけであります。

自分に興味深いのは「メイトリックス博士」のプロファイルだ。名前から書き写す。Irving Joshua Matrix。1960年のサイエンティフィック・アメリカン1月号に初登場した。マトリック博士といってもいいわけだ。
 メイトリックス博士は1908年2月21日に日本の鹿児島県で生まれた!!
 父親はウィリアム・ミラー・ブッシュ牧師。アーカンソー州フィギュア・ファイブ出身の伝道師である。安息日再臨派の伝道のために鹿児島県に派遣されたそうな。東京に出て天海というマジシャンから奇術の手ほどきを受ける!
メイトリックス博士はそのときの芸名であるという。
 1938年に「エイセイ・トシヨリ」嬢と結婚。この名前はおかしいと一松信が指摘したそうだ。彼女は1942年の東京大空襲で死去した一人娘がいる。
 戦後、フランスに移住し、ブルバキ派と仲良くなる。ラピュタのラガード大科学学士院にて二年間高等数秘術の講義を受け持つ。つまり、ラピュタはフランス周辺にあるんだろうか?
 1958年にアメリカに帰国。ニューヨークに事務所を開設する。ガーディナー接触したのがこれ以降ということらしい。

 なんとも言えない変な経歴であります。

 メイトリックス博士シリーズのファンのために追加しておきます。
 メイトリックス博士の最後の連載は1980年11月号でした。ガードナーはイスタンブルイスラム教徒ふうに振る舞うメイトリックス博士とその愛娘アイヴァと会見した記憶をレポートしています。
アブダル・アブルブル・アミールというアラビア名で活動しているメイトリックス博士から『コーラン』にまつわる数秘学的な解釈を伝授されてます。
 その会見から3週間後にメイトリックス博士はウクライナ国境で不可解な事件で死亡したことが新聞記事になります。それが『メイトリックス博士の不可解な終焉』となった次第。
 しかし、ホームズのように生還するというのは別の話題です。


メイトリックス博士の驚異の数秘術

メイトリックス博士の驚異の数秘術

メイトリックス博士の生還 (ガードナー数学ギャラリー)

メイトリックス博士の生還 (ガードナー数学ギャラリー)