天才の不稔性仮説

 クレッチマーの古典『天才の心理学』が説くところによれば、ゲーテモーツァルトなどの天才が直系子孫を残していないのは、よく起きる生物学的な現象であるとする。しかも、その家系の滅びる間際に天才が生じるためである。血が衰えるという表現があるが、家系の血筋には終焉があり、その最後の婀娜花が天才の出現なのらしい。天才は滅びの予兆なのだそうだ。

 ゲーテの長男は急死して、直系の子どもはいない。モーツァルトの直系は三代で滅んだベートーヴェンミケランジェロレオナルド・ダ・ヴィンチにも子はいない。
 大数学者ガウスに男子がいたのが、例外か。子とは家族仲が悪く、アメリカに移民してしまったそうだ。ヘーゲルの血筋を引くのは作家のルディ・ラッカーだというが、ヘーゲルは天才というわけではないので例外だろう。

 ご当地、日本でいえば、葛飾北斎には子孫がいない。娘で絶えてしまった。平賀源内もそうだ。ご存知、南方熊楠。彼の長男は脳を病み若くして亡くなる。大学教授と結婚した長女も子どもはいなかった。折口信夫は妻さえ娶らなかった。宮沢賢治もそう。渋沢栄一に始まる澁澤家も三代目の渋沢敬三で...とこれは別の傾聴すべき物語りだ。

 しかし、天才に子どもができないのは、別の原因ではないかと異論を立てたい。天才は人間種に属さない別の種であり、それ故「不稔」となる。天才不稔性仮説である。
不稔性とは種が異なると子孫が作れないことを意味している。大むかしの用語でいうと天才は超人だから、凡人と種が違うのだ。
 天才は孤立的現象であるために、配偶者が同じ「天才」種であることはきわめて稀になる。普通の凡人を配偶者を選ばざるおえない。ゆえに、子孫ができないのだ。
 はい、お後がよろしいようで。

【追記:日本人科学者のケース】
 日本人初のノーベル賞受賞者湯川秀樹の二人の子どものうち一人は心臓発作で37歳で急逝している。同じく単独でノーベル医学生理学賞受賞した利根川進の次男はMIT在学中に自殺している。両者とも子は残っているが悲劇的な命運がまとわりついている。