人口の歴史から考える「イマここに私がいるわけ」

 イマこの時を含めて、これまでに何人の人がこの世にいたか?
 もとの疑問は、なぜ、なにゆえ私がイマこの時代に生まれ合わせているか、であります。
歴史的人口と関係する理由を確率的に示そうと思います。

 「人口の総数」と「私がいる」ことには、関係なさそうだけどというものもっともです。
なぜだか、説明を試みようと思います。

 その前にこれまでにどの位の人類がこの地上に生きてきたかを見積もってみましょう。それ自体興味深い疑問です。もとより正確に勘定なんかできませんので、概数をはじきます。
その条件をまとめておきましょう。
1)紀元前1万年前から今日2010年までを時間的な範囲とする
2)一世代というか一人の寿命を30年とする(全歴史的な平均寿命)

人口の歴史のデータはこのサイトを利用しました。そのうちの「McEvedy & Jones」を紀元前1万年から1925年まで、それ以降はUSセンサスビューローのデータを用います。
 そうすると人口の歴史的な推移をまとめられます。

 縦軸が人口で横軸が年代なのですが時間間隔が等間隔になっています。もっと時間間隔を精確にして、縦軸で人口を対数としたのが下のグラフとなります。


 何千年ものあいだ千万人を超えることがなかったのが、19世紀になると1億人を突破して、20世紀末にはその60倍となります。2011年でほぼ70億人です。




 ここで下の図で青塗りされた面積を見積もります。この面積は年×人数を意味しています。
間隔の開いた部分は内挿で埋め数値積分で計算してやります。
 人類全体が生きた延べ年数が近似的と加算されたものとお考えください。

125,523,083,4172 年×人


 これを先の「30年」で割ると大凡の「この地上に生きた人類の」人数が出せます。

40,891,027,805 人

 408億人です。このうちには現存の人口70億人が含まれます。そこで、最初の設問である「私がイマこの時代に生まれ合わせている理由」がある程度ですが、説明できます。
 約1/6の人間が現在イマを生きているのです。
 あなたがローマ時代や江戸時代に生まれ合わせる可能性より今の時代に生きてる可能性が多いわけです。その時代は1億人も住んでいなかったのですからね。


 もっと突っ込んだ、ちょっと無理な仮定を持ち込むと、より確率論的な説明が深まります。
「なんでこの時代に生きているの?」とそう考えた人はどの程度いたのでしょうか。
そういう率を歴史的に推定してやるわけです。そこは空想をたくましくした大胆な前提を置きます。
 それは識字率に等しかったとしてやります。文字を読めることで過去を知ることができるため、そうした疑問を感じるんだという荒っぽい想定ですね。
 その証拠といってはなんですが、11世紀の中国の詩人はこう嘆いてます。
 人生、字を識るは憂患の始めなり

 そもそも昔の人の識字率なんか、なにも情報はありはしませんから、こんな数字「自己疑問率」を仮定しました。

こんな感じです。現代人の自己疑問率を60%としてます。

こちらが数値です。

 かなり無理がありますが、近代ほどこうした答えようのない疑問を持つようになったという傾向を数字化したものと同情してやってください。

 先程の人口推移のデータにこの自己疑問率なるものを時代時代でかけてやります。
歴代の疑問者の述べ年数がでてくるわけです。
 そうした人々の存在数の推移の歴史的推定です。こんなトンでもない推定をしたのは当ブログが史上初かなあ。


 先ほどと同じように30年生きたとしてやると66億人ほどが、これまでに疑問に悩まれたことが分かりますねえ。

6,628,862,352人

 現存の人々が70億人と60%がそうした疑問を感じたことがあるとしましょう。42億人です。そのうちの一人にあなたもわたしもいます。

  42億÷66億=0.63 →歴史中でイマまで疑問を持った人でイマ生きている確率

 つまり、63%の確率でそうした人々がイマこの時代に生きているのですから、かなり当然ではないかという気がします。

 ここまで議論にお付き合いいただき、ありがとうございました。