ほんとうに高木貞治の『近世数学史談』は古典の名に恥じぬ研究書であり、良質の案内書である。クラインの『19世紀の数学』と対比するといいかもしれないが、手元にないので記憶で書く。
クライン本はそ重厚さと話題の広さに比して、軽妙洒脱でありながらツボを押さえた点が高木の本の最大の特徴であるといえる。
クライン本の章立てをAMAZONからコピペしておこう。
第I章 ガウス
第II章 19世紀初頭におけるフランスとエコール・ポリテクニク
第III章 クレレ誌の創刊とドイツにおける純粋数学の開花
第IV章 メービウス・プリュッカー・シュタイナー以後の代数
第V章 1880年ころまでのドイツとイギリスにおける力学と数理物理学
第VI章 リーマンとヴァイエルシュトラスによる複素関数の一般理論
第VII章 代数的図形の本性に対する徹底的究明
第VIII章 群論と関数論;保型関数
クラインはヒルベルトの師匠筋であるが、早くから高等数学教育に熱心であり、図版を多用した専門書を片手ほどは著している。「クラインの壺」くらいしか有名ではないかもしれないが、群論による数学の統一を主唱した「エルランゲン・プログラム」はヒルベルトの23問題の先駆けであった。
若きポアンカレと論文競争をしたこともある(負けて抑うつ状態になった)
この書でもその後遺症で、お隣の数学王国フランスをライバル視しつつ、ドイツ数学の勃興を愛国心豊に描いている。数学的愛国心の書だ。
その数学王国を追い越したドイツ数学の原動力は「ガウス」だった。実それまではドイツ数学者といっても一流どころはライプニッツあたりまで人がいない。
ちなみに、オイラーやベルヌーイ家の連中はスイス系だ。バーゼル出身だ。
高木本も「ガウス」から始まるところは共通。
しかし、スラスラと小説のように読める。すべてガウスの業績を焦点にしている。そこから、アーベルやヤコービ、ルジャンドル、ガロアやディリクレらの業績が派生するさまが手に取るように眺望できる手際は鮮やかだ。
ゲッティンゲンのガウスから近代的数学は始まるのだ。20世紀のヒルベルトに至るゲッティンゲンの鐘が数学界に響き渡る構図が生じる。
第一章は「正十七角形のセンセーション」とうまい出だし。幾何学しか習ったことのない世代や層の読者をうまく引き寄せる。
代数学の手並みを巧妙に駆使して19歳の青年ガウスが古代世界から近世までをブレークスルーする幾何学上の大発見を行う。
言語学にも才能を見せていていた桶屋の息子は数学を専門職とする道を選ぶことになる。
不世出の天才ガウスの生と研究を詳細に扱うことで、数学者の偉大な範例を読者に示すわけである。
以下、
正十七角形のセンセーション
近世数学の発端
ガウス略歴
研究と発表
ガウス文書
レムニスケート函数の発見
数字計算とガウス
書かれなかった楕円函数論
パリ工芸学校
三つのL
工芸学校の数学者
コーシーの教程及び綱要
函数論縁起
パリからベルリンへ
天才の失敗と成功
ベルリン留学生
パリだより
アーベル対ヤコービ
初発の楕円関数論
ガロアの遺言
ヂリクレ小伝
三人の幾何学者
おおよそ、19世紀数学のアウトラインはすべて囲い込まれている。
ヤコービやディリクレ(=ヂリクレ)といったユニークで不可欠な数学的英傑にも頁を割いている。ヤコービの計算力やディリクレの閃きといった特徴もわずかな描写で性格を伝えるのに成功している。
とりわけ、高木類体論で鍵になる楕円関数論の貢献者とその歴史を丹念にまとめている。先行者のルジャンドルに対してレムニスケートの性質から逆関数として楕円関数をみていたこと、楕円関数の二重周期性(ヤコービによりこの性質は楕円関数だけであることが証明される!)、楕円モジュラ関数などを密かに究めていたことなどだ。
それもガウスの全集やヤコービの全集等、こまめに原典を引用しつつ、史実と数学的定理に沿いながら、分かりやすく説いてくれるのだ。19世紀解析学の王道であった楕円関数論を情味たっぷりに味付けしてある。
これも高木貞治にしかできない技であろう。
この名著の難点をあげるとするならば、イギリスとロシアの数学が真っ黒けでほとんど触れられていないことだろうが、それは難癖をつけるというものであろう。
かつては共立全書の一巻でありちょっとばかし高嶺の花であった。今では岩波文庫となって、手軽に読める。それも時代の恩恵(没後50年を先ごろ迎えたので著作権切れ)というべきであろう。
心ある数学ファンならば、ぜひお読みいただきたいものである。
今回の推薦書
- 作者: 高木貞治
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1995/08/18
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- 作者: Felix Klein,彌永昌吉,足立恒雄監訳,浪川幸彦監訳,石井省吾,渡辺弘
- 出版社/メーカー: 共立出版
- 発売日: 1995/09/01
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なお、同様な内容のコロモゴロフ学派の浩瀚な数学史もあるが、これは資料集(ロシア数学を重視した)としてみたほうがいいであろう。自分もロシア数学を調べるときには参照する。
- 作者: A.N. Kolmogorov,A.P. Yushkevich,三宅克哉
- 出版社/メーカー: 朝倉書店
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19世紀の数学〈3〉チェビシェフの関数論・常微分方程式・変分法・差分法
- 作者: 藤田宏
- 出版社/メーカー: 朝倉書店
- 発売日: 2009/12/01
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